ナゴブロ【令和のはじめに西の地で一人想う(第二章)】

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[掲載日:2019/05/25]

令和のはじめに西の地で一人想う(第二章)


時を巡る旅の第二章


私の旅の第二の目的地は鹿児島でした。
令和の大連休に九州一周、言った以上は九州の南端・鹿児島まで行かなければなりません。桜島フェリーに乗り、指宿温泉で砂風呂に入る。そんなゆるいことを考えて走り続けたのですが、バイク一人旅なんてそんなもんです。

鹿児島湾を渡り、宿泊はライダーハウス。素泊まり2千円! 令和最初の夜のイベントは、宿泊の若者たちとの薩摩黒豚のしゃぶしゃぶ宴会でした。全員が初対面の(正確には僕以外の6人は雨で足止めで2泊目だったそうで、まる一日の付合い)男7人で薩摩黒豚しゃぶしゃぶと薩摩名物鳥刺しと黒糖焼酎。途中参加させてもらいましたが、まさに旅の醍醐味です。間違いなく最年長ですが、そこはお互い上手な距離感で楽しませてもらいました笑。

晴天の翌日、僕には昔から気になっていた場所を訪れました。
南九州市、知覧特攻平和会館。元特攻隊の出撃基地。

戦争が無かった平成。それまで繰り返された戦争の歴史。そして僕らが生まれる前にこの国に起きた大国難。狂気の所業であるはずの戦争を遂行した指導者たち。
その影で行われた「特攻」という悲劇の当事者たちは、何を思い、何を成そうとしたのだろう。
知覧。やはりそこは特別な場所でした。背中が伸びる特別な澄み切った空気が訪れる者を包みます。

隊員たちの遺書は本当に心に迫ります。愛する者を家族を、そしてこの国を思う心。
そこに一つの曇りもないことに深い敬意と悲しみを感じます。
能力の低い戦争指導者たちも、悲劇の隊員たちも、カルトのような洗脳状態で集団興奮の中、判断力を失ってしまったのでしょうか。
特攻作戦の発案者は大バカ者大西瀧治郎。1973年に勲一等を死後受勲。意味がわからない。全く知能の低い狂った判断。稚拙な根性論の時代の海軍兵学校の有名人で、海軍総司令官山本五十六などとの人脈だけで出世した狂信者。
戦争が歴史的に無くなることはないのは悲しい事実です。人間の本質には闘争本能と凶暴性があります。いまだに続くイスラム国や麻薬組織や独裁者の残虐行為。精神異常的な暴力行為。
しかし、国の運命と多くの国民の命と財産を巻き込む政策に、間違った信仰と根性論を持ち込む。暴力と恐怖で支配し権力を振るう。唾棄すべきことです。金正恩か。
その背景には、その当時のそれを許したマスコミ情報操作と盲信的国民性があります。
そしていまだにそれを良しとするグループがある。そのおかげで勲一等。強い憤りを感じます。
世の中の正義は、綺麗事や道徳観だけでは成立しない。
情報収集と正しい判断、そして勇気と行動力。私たちは常に歴史から学ばなければなりません。残念ですが歴史の汚点は繰り返される。しかし、学び、議論、確認していくことで、人類の愚行や暴挙が起こる可能性が減っていくと信じます。可能性がゼロになることは無理だとしても。
知覧特攻平和会館。広島原爆資料館と共に、悲しいけれど人類の黒歴史の証拠として長く広く伝えられるべきです。
令和の始まりに思う不戦の意味と意思。飾りごとでない永遠の平和を強く願います。

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