リビア顛末記・5
2011/12リビアの首都・トリポリの下町のレストランで、北朝鮮のスパイ一味と晩御飯を食べる事になった僕は、こっそり企んでいたカダフィ大佐の故郷スルトに行く計画をスパイ一味に知られてしまいました。案の定スパイは、自分が車に乗せて行ってやると言い出しました。
「僕は日本人だから普通のバスで行ったほうが、トラブルが少ないと思う。何かあったらあなたにも迷惑がかかるし」「いや、僕達共和国(!)の人と一緒の方が安全だよ。将軍様のお力もあるし(!)」
... スパイは恐ろしい理屈でゴリゴリ押して来ます。さすがに能天気な僕もここで罠にはまったら大変な事になると感じていたので、のらりくらりと断り続けます。
こちらの気配を察したのかスパイはそれ以上突撃をして来ずに、なんだか腹の探り合いの晩餐は終わりました。しかしそこはスパイ、転んでもただでは起きません。「どこのホテルに泊まっているんですか? 明日、車が準備出来るか知らせに行きますよ」 離れ際のジャブ。バーナード・ホプキンスか、おまえは!
「いやいや、それは悪いからいいですよ。じゃあ、貴方の会社かホテルの連絡先を教えてください。電話しますから」 たやすくホテルを教えそうな相棒のモロッコ人のハッサンに話す機会を与えず、がっちりディフェンス!の筈でした。
緊張の夕食が終わり、ほっと一息。アラブ社会は基本禁酒ですから(エジプトの観光客用レストランなどは違いますが)、酔っ払っての失態は心配ありません。
次の日の朝、また中庭で日本への手紙を書きながらパンを食べているとハッサンがやって来ます。「おはよう、タカオ。昨日のコリアンがおまえに会いに来てるぞ」 「え!? 何でこのホテルを知ってるんだ?」背中を冷たいものが走ります。「昨日、ホテルを聞かれたから俺が教えてやったんだ」・・・お前ってやつは!
僕の表情から状況を悟ったハッサン、さすがにモロッコ人です。ちなみに北アフリカではモロッコ人は、目ざとく計算高いという評価です。観光国なので外人慣れしていて、英語も話す。ハッサンの様に個人で外国に商売に行く才覚とバイタリティーがある人も多い。
「OK、それじゃ、今日はホテルにいたほうがいい。奴らはコリアンだから(?)ホテルの中では何も出来ない」 どういうことなんだ?「タカオとコリアンはトモダチかと思った・・・。奴らはエージェントか?」「エージェントって、何だ?」 「007とかCIAだろ。お前、映画を見ないのか?」 「(・・あのな~)説明は難しいが、ノースコリアンは僕にとっては危険だと思う」
いよいよスパイに追われる身になったのか?訳がわからず、緊張感は高まります。
「わかった、奴にはタカオはまだ寝ているって言うよ。僕はチュニジア行きのバスを調べてくる」 ハッサンは出て行きます。
僕はホテルの食堂で、日本への手紙を書く事にしました。旅行中、僕は一週間おき位に横浜のバー・オラフへ手紙を書くのを習慣にしていました。オラフは僕がバーテンのアルバイトをしていた店で、友達の集まる店でもあり、近況報告をしていたのです。移動中の時間を手紙書きに活用していましたが、遅筆の僕には丸一日がかりの事も度々ありました。
天井にファンが回る大食堂のテーブルで手紙を書いていると、2つのテーブルで男達がカードか何かゲームを始めました。煙草かハシシか、においが流れてきます。
午後になりハッサンが帰ってきました。僕を見つけると、こっちへ来いと中庭に連れ出します。
「タカオ、ギャンブルしたのか?」 「いや、手紙を書いていた」 「あそこにいてはまずい。あそこはカジノだ」 「カ、カジノ!?」
リビアでカジノなんてビックリですが、それがさっきの食堂とは! カジノというラスベガスのイメージではなく、いいところ流行っていない麻雀屋です。
「ポリスが来ると厄介だ」 どう見ても大がかりなカジノではなさそうですが、違法営業なのでしょう。警察との距離感も微妙。アフリカ全体にワイロでルールはどうにでもなる感じです。
「タクシーを見つけたぞ。100ドルでチュニジアのチュニスに行くって言ってる。タカオも行かないか?最近、トリポリはちょっとまずい」 ハッサンが真剣な顔で言います。「ドライバーは4人客がそろったら行くと言うんだ。1人行く人がいる。タカオが行くならあと1人だ」
僕はスルトへ行くことにまだ未練がありました。しかしハッサンの真剣な表情からすると、こりゃ早いところ逃げ出したほうがいいのかな・・・
「わかった、じゃあ明日タクシーの所へ行こう。そこでもしもう一人、一緒に行く人が見つかったら一緒にチュニスに行く。もし2人いたら僕は残るよ」 ハッサンはほっとした様にうなずきました。
次の朝、荷物をまとめ出かけようとすると、ホテルの前で不気味な声。
「こんにちは!」やれやれ、またお前か、この悪魔が!
次回、完結編です。