ナゴブロ 【宮城県震災ボランティア日記・1】

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[掲載日:2011/5]

宮城県震災ボランティア日記・1

GWの最中、5月2日を休診させていただき、1日から5日まで、宮城県に震災ボランティアに行ってきました。つらかったこと、印象深かったことは本当にたくさんありました。
日々の中で感じたこと、現地で書き綴ったことを、ちょっと押し付けがましいのは承知で皆さんにお読みいただこうと思っています。それは被災地へのシンパシー、東北への支援の気持ちを皆さんと共有したいからです。お時間があればぜひご覧下さい。

まず、ボランティアまでの経緯です。
3.11の直後は、ある意味、先生方と同じように私も「被災者」の1人でした。計画停電、電車の運休、ガソリン不足。地域医療の担い手として、クリニックの経営者として、混乱を回避するために工夫・努力しました。
3月後半になり、停電が落ち着き、原発クライシスで大騒ぎしていた頃、私は被災地ボランティアに行く手段を模索し始めました。別に大きな目的意識はなく、「困っている人たちがいるなら手伝いに行かなきゃなあ」と思っていたからです。
神奈川県、医師会、横浜市等10箇所ほどにアクセス・登録ししたのですが、何日待っても返事がありません。問い合わせとしても、「今のところ要請がないので」という返事ばかりでした。
実情は、医師ボランティアは現地からの支援要請が少なく、JMATも個人の参加はほぼ断られていた様です。大学や国立病院などの組織で、一定の人数で一定期間行う形の支援だけが行なわれていました。
4月末になり、東北大学耳鼻咽喉科からの紹介で、日耳鼻宮城県地方部会の役員の先生をご紹介いただきました。有志の先生で被災地の巡回診療を行っており、その帯同を提案して頂きました。その1日分の予定のみを持ち、現地入しました。


宮城県ボランティア1日目
4月30日土曜日の診療の後、レンタカーを借りにいって、のろのろと準備し、出発が夜11時。高校の同級生の琉球大学法学部准教授の宗前君を迎えに行き、東京出発が12時。深夜の東北道は渋滞なし。徹夜の運転のほとんどは宗前君がしてくれた。
5月1日朝5時に仙台入り。仙台市内はほぼ被災なし。相変わらず優雅な町だ。しかし、ラジオでは旧仙台エクセル東急ホテル(今年3月に閉鎖?)が仮設住宅?として避難世帯の受け入れを募集していた。
印象深い1日だった。仙台を出発し、松島町、東松島市へと進み遭遇した、失われた街々。インフラや個人の生活とともに、破壊されたコミュニティを心から悼む。宮城県耳鼻咽喉科医会の有志である、六郷先生と板垣先生の東松島市の避難所への巡回診療に帯同させてもらった。やはり被災されているこの先生方が素晴らしかった。地域医療に対する深い理解と洞察。僕が目標にしたい、地域医療の先達がそこにいた。
1つの避難所では、古田敦也さん、内田恭子さんなどがちょうど同じ時間に子供達への読み聞かせボランティアで来ていた。他にも4月の闘魂・アントニオ猪木の来所時の記念サイン。
思ったほどボランティア渋滞はなし。それぞれの避難所に、必要物資はびっくりするほど足りている。隙間をどう埋めるかだ。明日は少し工夫が出来そうだ。


宮城県ボランティア2日目
仙台のホテルを7時半に出発、8時半に石巻市ボランティアセンターで登録。
医療ボランティアを申し込むと、キャンピングカーに基地を持つJIMという組織にアクセスを勧められる。相談に行くと、針岡地区への訪問診療の依頼を受けた。
それってどこ? カーナビに住所を入力、宗前運転手と共に出発。頼れる相棒だ。北上川沿いに進む。川沿いにディープな風景が現れ10分ほど経つと、幹線道路は いきなり姿を消した。
どうしたんだ?
目の前に広がる信じられない光景。大河にかかる鉄橋が途中で途切れている。水中から顔を出すからその残骸と思われる同じ緑のひしゃげた鉄骨。その右の川べりに広がるのは、砂漠のような一面の瓦礫の世界。死んだような大型クレーンの奥に、ひときわ目立つコンクリートの残酷な廃墟。
その荒ぶる神の爪痕は、あの大川小学校だった。
74名の小学生の未来を奪った現場と気がつくまでに、やや時間がかかった。月曜の朝、響き渡るはずの希望の声はそこにはなく、北の大地に吹きすさぶ風音がまばらに通る車の後を追う。

そこで不思議な出会いをした。千羽鶴を大川小の残された子供達に届けに来た元日本人。横浜からの幼子たちの思いを届けに来た彼女は20mの強風の中を東松島から40kmを自転車で走り、小学校のわきの川面で途方にくれていた。彼女の話を聞きながら、僕らの目的地が大川小の学区かもしれないと考え、車に同乗してもらい針岡の集落を目指した。
道に迷い、診療のお宅の場所を教えてもらおうと一軒の農家で尋ねる。そこのご主人は丁寧に説明してくれた。
もう一つお願い出来ればと大川小の父兄の紹介を頼んだ時、にこやかに対応をしてくれた彼は目をそらして言った。
「うちの6年生の息子も大川小で亡くなったんだよ。」
時が止まるというのはこういうことをいうのだろう。子供さんを亡くしたお父さんなんだ。瞬時に理解した。それがそれまでの優しい対応と、ひどくかけ離れた世界の話のように思えた。東北人は何故ここまで強く切ないのだろう。自分の宝物を失った気持ちを、何故表に出さないのだろう。

結局、千羽鶴は被災した大川小学校が疎開し、間借りしている飯野川第一小学校に届けた。お父さんが親切に電話をして頂いたおかげで、大川小の校長先生、教頭先生に直接渡すことが出来た。多くの友達と4年生学年を失って、それでも新学期を迎えた子供達、絶対に応援するよ。

河北支所の保健婦さんの計らいで540名の避難所で、耳鼻科診察をさせて頂いた。疲弊したお年寄り。子供を病院に受診させられない気の毒なお母さん。僕らはいったいどう支援を続ければいいのだろう。

明日、別の避難所で診察をさせて頂く約束が出来、少し心が休まりながら石巻に戻る。港のそばの石ノ森章太郎美術館に行く。
仮面ライダーの家も大きく傷ついていた。
頑張れ、ライダー! あなたはいつもショッカーを倒して僕らを勇気づけてくれたよね。009、キカイダー、負けるはずないよね。約束したよね。

夜、ボランティアセンターに戻る。復興支援協議会室に溢れる若者達。みんな自分で交通費を払い、会社を休んで、ミネラルウォーターとカップラーメンとボンカレーを持ってここに来ている。一日汗だくでただ働きをして、夜は凍えるテントの中で眠っている。その泥臭い笑顔と情熱に、この国の未来を強く感じる。
誰かを非難する事は簡単だ。だけど一歩前へ。もう一歩前へ。その礎になる事を誓う。


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