ナゴブロ【母校凱旋】

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[掲載日:2018/04/30]

母校凱旋

中学高校の6年間を男子校で過ごしました。私立の進学校というやつです。
卒業して30年以上が経ち、母校愛が半端ありません笑。
大学時代もそうですが、友達に恵まれました。会って飲むのが楽しみな友達がなんと多いことか。
その中で中学からの付き合いというのは特別な存在です。人格形成期に汗臭く共に過ごした仲間は、ある意味兄弟以上の繋がりでしょうか。家庭の事情も理解して、カッコ悪いエピソードは筒抜け、カッコいいはずの白歴史は、誰も知っちゃいない。女子がいないアオハルは、ディープでダサくて最高でした。

高校時代の大きな出来事として、文化祭の実行委員長をやりました。僕らの学校は、記念祭という名前でした。文化祭委員長に選出されるということは、優等生か、人気者か、お調子者かということです。
コメントは避けます笑。
結果、友人達の中で卒業後も元委員長という認識になりました。グレーがかった受験校の思い出の中での色物という立ち位置なのでしょう。

そしてあっという間に35年が過ぎました。そして2ヶ月前に、今年の記念祭の実行委員長が企画した、以前の委員長との対談を知らされました。同窓会推薦の3人の対談相手の中の1人としての参加依頼でした。
当時の成績は知られていないはずなので笑、その後の進学先や、学生時代の世界一周のエピソードや、医師会や支援活動の情報で選ばれたのかな。
記念祭当日、久々に母校の校門をくぐり、思い出の場所に行き着きました。鼻の奥にツーンと来る思い。覚めない夢に包まれる感覚。
学校は、新しい建物が増えて様変わりしていました。サッカーグランドは何と全面人工芝。新しい校舎はまるで米国の大学の様な、実験室や教室や部室が混在する不思議な構造。かなりカッコいい。

同じ敷地内の大学の食堂の喫茶室で、懐かしの先輩、そして現委員長の山田くんと対面しました。

陸上部中1の時の高2でキャプテンだった北畠さん。4代前の委員長は相変わらず優しい人柄でした。
しかし男子校の運動部、こちらは直立不動です。背筋が伸びると共に、会えた嬉しさで頬が緩みます。
現役高3の山田くん。うちの子と同じ様な歳なので、感覚は息子かな。赤く染めた髪は元気な年頃の証でしょうが、本物のパンクではなさそう。いい若者です。少なくとも35年前の僕よりははるかにしっかりしている。

さて、公開座談会です。
講堂に登壇するのは、現・委員長と現・代表委員長(生徒会長)。こちらは40代と50代のおっさん達。

中学高校生活の思い出、実は結構忘れてました。海浜学校や体育祭など大きなイベントはかろうじて。
そしてしょうもないイタズラや部活や放課後の出来事の方が色鮮やかに。大人ですから面白く話を盛りながら、座談会は盛況に終了しました。
しかし昭和の僕らにとって、平成の高校生と話すのはかなり気を使います。高校時代の当り前のエピソードとして、アルコールを飲んだり、授業をお休みしたという、部活で頑張ったのと同列の思い出話がしにくい。聴衆の中には親御さん達の姿。やはり正式なオファーだし、時代が変わると常識も変わリます。そこは大人対応ですが、キラーコンテンツの盛り上げ話が出来ない寂しさ笑。
両手をもがれた座談会で、自分の育ちの悪さを感じたり、今の高校生達の純粋さや生活に感心したり、楽しいひと時でした。
そして座談会を聴きにきてくれた悪友達と、思い出の通学路の居酒屋での昼酒。大人になったことが沁みた会でした。

後日届いたお礼のメールへの返事をご披露します。

山田くん、いろいろ手配や心遣いありがとう。
あの入場者数、ただ事ではなかったね。
みんなの協力のおかげだけど、君の頑張りがあってこそ。
武蔵高校記念祭小委員長、一生のトロフィーとプライドだよ。
それは歴代の小委員長が全員、おっさんになっても大事に持っているものだ。
それがあればたいていの道は口笛を吹きながら歩いていける。
回り道したっていい。変な道は振り返れば楽しい思い出だ。
勇気を持って扉を開けていこう。
その鍵はもうすでに君の手の中にある。

 

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