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blog ナゴブロ 院長ブログ

ノーベル文学賞、カズオ・イシグロ

2017/10/13

今年もノーベル賞の各賞が発表されました。
私達医療者に関心の深い医学生理学賞は、ホール、ロスバッシュ、ヤング3教授が体内時計の解明の研究で受賞しました。そして平和賞にはICANが、文学賞にはカズオ・イシグロ氏が受賞の栄誉に輝きました。
この原稿を書いているのは、2017年10月上旬です。
もうあと2週間もすると衆議院議員選挙が終わり、日本のこれからの方向が決まっていくことでしょう。結果についてはとても気になるところですが、私の拙い知性では現在その結果については予測不可能です。ただただ、激しさを増す国際情勢や、ゆがみ始めた国内事情の中、この国を正しい道筋に導く政治的指導者が選出されることを願ってやみません。

さて、ノーベル賞です。
数年来、文学賞の有力候補として村上春樹氏の名前が取りざたされています。学生のころからの村上文学の愛好者である私も、その受賞を心待ちするものの一人です。
今回のカズオ・イシグロの受賞は、ここ何年かの落胆の中でやや言い訳の出来るものではありました。日本生まれの日系英国人である彼にはやはりシンパシーを持ちやすかった。また、以前に見た彼の代表作「日の名残り」の映画版を見て、いい印象を受けた記憶もありました。
声高に選挙のスローガンが飛び交う中で小さく巻き起こったイシグロブームに乗って、私も早速彼の著書を手にしました。

まずは代表作の「日の名残り」です。
そこに描かれるのは、大英帝国を体現する貴族の壮大なお屋敷で働く超一流執事から見た、第二次大戦前夜のヨーロッパ外交史の裏事情と、貴族的支配者達の価値観、忠義に生きた不器用な男の儚い恋の顛末。
イシグロによる日本的武士道精神がエッセンスとも言われます。私はむしろこの物語では、古典的なキリスト教の聖職者のメンタリズムが根底にあると思います。主人公スティーブンスの執事の仕事の根幹にある絶対的忠誠心は、むしろ主=神へのものであり、忠臣蔵に代表される日本特有のものとは少し違うかなと。つまりイシグロは容姿や来歴は日本人に被るが、(私たちには少し残念ですが)当たり前に内面は普通のイギリス人であると思います。

物語はスティーブンスの主人である伯爵に過酷な運命を強います。英国紳士のフェアプレー精神、その代表である理想主義者の貴族たちは、世間知らずで礼儀正しく善良でした。彼らは名誉と品格と、任務の達成感を重んじていただけでしたが、その博愛主義の結果がどう利用されるか理解出来ませんでした。その結果、歴史的には英国はナチスドイツから大きな傷を負うことになります。
品格とは何か。それは「美しさの持つ落ち着きであり、慎ましさ」または「長年にわたる自己啓発と経験の注意深い積み重ねで身につけるもの」であるとスティーブンスは言います。
そして民主主義とは何か。現代にも通じる(極端な)ポピュリズムによっても歴史は大きな試練を迎える可能性がある。しかしそれは専制政治が持つ独善性の醜悪さと比べると、努力するべき価値があるものだとこの物語は気づかせてくれます。

1993年制作の映画版はというと、荘厳な「古き良き時代のイギリス」を回顧する物語というのが、僕が観たその当時の印象でした。1930年代の時代背景と重厚なお屋敷、マナーを徹底した生き方の登場人物たち。そして名優アンソニー・ホプキンスの奥深い演技。そして正面から受けるエマ・トンプソン。不器用に好意をぶつけ合う2人。執事の部屋でホプキンスの手から本を奪うトンプソンの場面は、まさに神が降りてきた演技でした。そして、トンプソンからのプロポーズの報告を聞いた時のホプキンスの絶望。20年後の再会の後、別れの場面のトンプソンの表情。本当に動揺した時に心が固まることを、2人のアカデミー賞俳優は鬼神のごとく演じます。
古典的な恋愛物語としても、古き良き英国の空気感と映像美を味わうとしても、名優達の演技の鑑賞としても、得難い体験ができる映画です。

「日の名残り」。文学としても映画としても素晴らしい。
ノーベル文学賞作家、カズオ・イシグロ。「私を離さないで」など名著がありますが、この1作だけでも歴史に残る価値がある作家です。ぜひご一読、映画の鑑賞をおすすめいたします。