ナゴブロ 【リビア顛末記・4】

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[掲載日:2011/11]

リビア顛末記・4

ベンガジからトリポリへ向かうバスが、トリポリのバスターミナルに到着したのは、すっかり夜になった後でした。
イスラームは、アフリカ初心者の僕にはやはり異文化ギャップ・カルチャーギャップが大きいところでした。特にリビアの様に最初から「恐い国」という先入観を持ってしまいがちの国で、夜の街角で一人ぼっちの恐怖感。これはかなりきつい。結構夜は寒いし、泣きそうになります。そういう時は、自分を奮いたてる様に大声で歌を唄います。
「ちゃんらちゃんら、ちゃらんらら〜、僕の〜お嫁においで〜」
加山雄三という人は何と偉大なんでしょう。心に中に暖かい火が灯ります。そしてその灯りは奇跡のように周りも照らし始めます。

「ヘイ、チーナ! ファッツ、ザッ、ソング?」
2人組のにいちゃんが声を掛けて来ました。この前は朝鮮人、今度は中国人と間違えられました。旅の突破口になるなら、まあ、僕は何人でもよろしい。
これはあの有名なミスター・ユーゾーの歌だ。ユーゾー? 東アジアのキングオブポップスだ、知らないのか? ・・・知らない。 じゃあ、サカモトキューは? 何だそれは?食い物か? 君らは物を知らんな。ピンクレディーは? プッ、お前はいやらしいな。 よくわかったな。ところでこの辺に安いレストランはあるかな?

兄ちゃん達に連れられて、街の薬屋みたいな店に行きました。店の中はイートイン?軽食堂?になっています。
そこで、兄ちゃん達に通訳になってもらい、クスクス(みたいな物)を食べます。するともう一人、アラブ人が現れ合流しました。ハッサンという彼の方が英語が堪能で、モロッコ人とのこと。結局ハッサンが宿泊している宿に泊まることになりました。

次の日、宿の古い建物の中庭で朝食のパンを食べていると、ハッサンがやって来ました。貿易の仕事が終わり、モロッコに帰るのだが、次のチュニジア行のバスが3日程出ないので待っていると言います。

ちなみに時は1990年7月。
1988年のイラン・イラク戦争停戦後、膨大な戦時債務を抱えたイラン・フセイン政権は、原油価格引き上げの目論見が不調の中、いよいよ90年8月2日のクェート侵攻へと猛進中(なんと来月じゃないか)。
第一次湾岸戦争は91年1月開戦です。
チュニジアはといえば、87年の無血クーデターで政権をスタートさせたベン=アリー(23年後の2011年1月に「ジャスミン革命」によりサウジへ亡命)は、90年当時国内のイスラム原理主義運動を無視できず、91年の湾岸戦争開戦時はイランを支持しています。
アルジェリアは、88年からのイスラム原理主義運動の盛り上がりで、89年には憲法改正。90年の地方選挙・91年の総選挙で、原理主義政党の圧勝。その後反対勢力により、92年1月の軍事クーデター(欧米各国の後押し)。

まさに無茶苦茶な時代です。
全くノンポリというのは恐ろしい。こんな時にアラブのど真ん中で観光旅行なんて、よく言い出したものです。我ながら、その脳足りんぶりに呆れてしまいます。

ハッサンと街のカフェに繰り出しました。アラブ人達は酒を飲まないからか、昼間からミントティーでゴロゴロしている人が結構います。
カダフィの故郷の町って知ってる? ああ、スルトだろ。あそこのホテルはすごいぞ。5つ星。客はいないけど(笑)。 ハッサン、行ったことあるのか!どうやって行くの?バス? ああ、バスだ。チケットはオフィシャル・ツーリスト・オフィスだけで売っている。
そんな話をしていると、「ムニャムニャムニャ!」と、声をかけて来た人がいます。見上げると30代の東洋人。この人、もしや北朝鮮人?

「ムニャムニャ、ムニャムニャムニャ!」ハングルっぽい言葉です。
「アーユー、フロム、ノースコリア?」「エ?」困った様な沈黙。ここで、こちらは日本人と言っていいのか、中国人と言うべきか、何も言わない方がいいのか・・・。ちょっと考えましたが、ハッサンは知っている訳だし、「アイマ・ジャパニーズ。アイソー・メニー・ノースコリアンズ・ヒアー。」と言ってみました。
「そうですか、僕は北朝鮮の技術者です。君も同胞かと思ったよ。驚かしてすいません。日本人に会うのは初めてだ。」 「僕も北朝鮮人と話すのは初めてです。・・・一緒にどうですか?」
スパイならマズイけど、この人は真面目なエンジニアっぽいな。ここまで来たら北朝の知り合いも作っておくか。メクラ蛇に怖じず、よせばいいのに逆ナンパです。

お互い政治的な話はしない様に取り繕ったぎこちない世間話の後、またまたよせばいいのに、晩御飯を誘いました。ちょっと怯えた目で了解する彼。その怯えが、後で僕を追い詰める事になります。

彼と別れ、何となく町をぶらついていた僕とハッサンは、街角で遊んでいる子供達に混じってサッカーをする事になりました。子供達が僕を見かけて「ジャッキー・ション(チェン)!」と言い出したからです。こういった子供達との絡みは大好きなので、いじったりいじられたりして、サッカーも盛り上がり、楽しく遊びました。
最後に記念写真!と言ってみんなで写真をとっていると、またまた兵隊がやって来るではありませんか!
もう勘弁してくれ!というところで、ハッサンを見ると俺に任せろと頷きます。ああ、よかった。
写真のバックに政府の建物があり、カメラは没収だと言っている→お金を払え→写真を撮ってプリントしてあげる、というところへ落ち着きました。やれやれ。結局約束は果たしていませんが(笑)。

さて、晩に約束したレストランに行くと、北朝鮮の彼は別の男を連れて来ていました。会社の同僚という30歳位?の男は、何と、日本語を喋りました!自分は大阪で生まれて、両親と一緒に北朝鮮に帰ったというのです。さすがにこいつはスパイだと確信しました。しかし、何でまたこんな丸出しのスパイなのでしょう。
自分達はリビアの石油施設で指導していて、リビア人達は頭が悪いから教えるのが大変だとか、金日成将軍様(!)が素晴らしい国づくりをしているとか、アメリカの陰謀でアラブ社会は大変な事になっているとか、ちょっと変な日本語で話します。

日本語半分、英語40%とハングルが10%といった会話の中で、ハッサンは日本と北朝鮮の微妙な距離感を知らないのか、いきなり僕がスルトに行きたがっていると言い出しました。おい!、それをこいつらに知られていいのか?
「スルトへ何しに行くんですか?」すかさずスパイは目をギラつかせて食いついてきます。
「いやあ、偉大なカダフィ大佐の故郷をぜひ見たいと思って。」
じっと僕 の顔を見つめていたスパイは、「スルトに行くバスはなかなかチケットが取れないから、どうしても行きたいなら、僕が知り合いから車を借りて乗せて行ってあげますよ。」
来たぞ、悪魔の誘いが。

魔境・トリポリでの死闘は続きます。

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